アダルト・ヴァイオリン May the force be with you..

2006年2月14日

それは、2004年の秋であった

7ヶ月ほど時計を巻き戻し、2004年10月の頃である。

芸術の秋にふさわしくバイオリンのプライベートレッスンをスタートさせることにしていた私であるが、元々バイオリン族に興味を持ったきっかけがストラディバリの謎に代表されるような音の不思議だったことを思い出していた。

誰がヴァイオリンを殺したか

誰がヴァイオリンを殺したか

  • 作者: 石井 宏
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2002/03
  • メディア: 単行本

この本では、古いガット弦の頃の音色が本来のヴァイオリンの音だという基調で現代バイオリンを批判的に書いているが、そういった旧世代の音を楽しむにせよ、現代的に改造されているストラディバリの音色を追及するにせよ、エレキバイオリンroseにそれを求めるのは無茶というものであろう。

いわば蓋然が必然に昇華し、背中を押されるようにあるホームページのボタンをクリックした男がいた。





発注したのは、工房ミネハラのキットである。

発注する前、これの元ネタ商品がいくつかのページで安く紹介されていて、どれにするかを迷っていた。

元ネタ商品はHOSCO社V-KIT-1であり、ネットで12,000円~15,000円程度で売られている。

バイオリンキット、オール単板モデル

が、決め手は、指板、ナット、サドルが黒檀にグレードアップ済みであることと、「親切マニュアル」が付くという殺し文句である。

追記:こう書いたが、せばすちゃん氏のページを良く見るとHOSCOのものもチューナー付きテールピースだし、指板は黒檀っぽい。
実は、HOSCOのキット自体がグレードアップされているのか。
だとしたら、ミネハラのは「親切マニュアル」だけが違い?


追記2:販売店に問い合わせたが、HOSCOのV-KIT-1はエボニー指板・柘植ペグ・ファインチューナー付きに仕様変更されているとのこと。
ミネハラのキットとの8000円の差は+親切マニュアル-(弓+松脂)
ということで、実質1万円以上高い買い物をしたことになる。う~む・・・

正直、木工細工はホームセンターで買ったラックの組み立て程度しかしたことがなく、削ったり切ったりなど、からっきし自信はないのであった。

ミネハラ社のキットはパーツはグレードアップ品になっていて、松脂、弓は付属しないというものなので、roseの弓を使えばいいやと考えていた私にはV-KIT-1との価格差は許容範囲であったのだった。
(だが、後で調べると、ミネハラの単品グレードアップ商品の値段を合計してもこの価格差まで到達しないことが判明。
う~ん、ネットでの買い物は難しい)

親切マニュアル付きと言われても、ストラディバリの秘密に分け入ろうとする男にはそんなものに頼る理由はなく(ぉい、さっきと言っていることが違うぞ)、同時に、バイオリン製作の定番本

The Art of Violin Making

The Art of Violin Making

  • 作者: Chris Johnson, Roy Courtnall
  • 出版社/メーカー: Robert Hale Ltd
  • 発売日: 1998/04
  • メディア: ハードカバー

をアマゾンに発注していたのであった。

この本に書かれた、バイオリン製作の奥の深さに畏敬の念を抱き、かつ、削りだされた木々の痛みを和らげるため、購入したキットにはしばしの休息を与えることにきめ、押入れの奥深くに静かに安眠の場所を与えたのであった。

これだけでは、私が単に衝動買いしたものの、怠惰に流され、手をつけなかったと誤解する向きもあるだろうから、ここでバイオリン製作の奥の深さの一端を軽く紹介しておこう。

ポイントは、バイオリンの音質を決定する表板と裏板の調整である。さまざまなホームページを検索し調査した結果、ストラディバリの現物の測定結果をフォローして同じような厚さに削る人が多いことが分かる。

ところが、例の本には厚さのことなどほとんど書いていない。書いてあるのは、まずは全体を3mm厚程度に削ってからタップトーンでチューニングすべしという深遠なる記述である。

タップトーンは3モードあり、板の下の端、末端、中央を叩くことで、それぞれ異なる3種類の振動分布が発生する。この共振点を本で書かれた周波数に調整するのである。

振動の腹の木の強度を落とすように削ると共振点が下がるのであるが、当然ながら削りすぎは許されない。

ネットで0.1mm単位でキャリパーで測りながら削るという人たちがいるのにも頭が下がるが、タップトーン調整の方は、3つのモードを独立に調整する手法など想像だに出来ず、このような手段で製作をしていたであろうクレモナの人々に畏敬の念を抱かざるを得なかったということである。

決して、単なる怠惰でほったらかしにしたわけではないことを 再度 強調しておこう

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